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 昨日17時ごろ、落語・関西芸能界の大御所である笑福亭仁鶴さんの死去のニュースが報じられました。これを受け、各方面から哀悼の意が示されています。

 …しかし、私はこれは違うと思うのです。大物の落語の方が亡くなったのですから、笑いでもって送り出すのが本来あるべき姿なのでは?と思いませんか。何ならこれをネタにして落語を披露するお笑いも居ればなお彼の死に花を添えることができますね。

 ということで、長々とした前置きは終わりにして、笑福亭仁鶴さんのニュースの概要、ネット上の反応はどうだったのでしょうか?

長年の闘病の末に…

【訃報】上方落語の発展に生涯を捧げた落語家 笑福亭仁鶴さん死去

 上方落語の発展に生涯を捧げた落語家、笑福亭仁鶴さんが「骨髄異形成症候群」のため 今月17日に亡くなっていたのがわかりました。84歳でした。

 笑福亭仁鶴さんは、1937年、大阪市生まれ。 出演したラジオの素人参加番組で落語の腕前が評判となり、25歳で六代目笑福亭松鶴さんに弟子入りしました。 ABCラジオの深夜番組に出演すると若者を中心に人気に火がつきます。リスナーのはがきを読み上げる猛烈なスピードが話題になり、 「どんなんかなぁ~」などのギャグも大流行。すぐにテレビや映画などに登場すると幅広い世代に親しまれ、人気を不動のものとします。

 仁鶴さんは、一方で上方落語の発展に生涯を捧げました。 戦前の爆笑王だった初代桂春団治のレコードに影響を受け、 桂枝雀さんとともに上方を代表する爆笑派でした。 ダミ声で温かみのある声とテンポの良い大阪弁のしゃべりで 庶民を生き生きと描く滑稽噺を得意としました。 仁鶴さんは、2005年には吉本興業の特別顧問に就任。吉本芸人の中心的存在を担っていました。

 また、吉本新喜劇の女優だった隆子さんと1967年結婚。 隆子さん自らもテレビ番組に出演し、「隆子姫」の愛称で親しまれました。 二人はおしどり夫婦として知られていましたが、 2017年に隆子さんが病で他界したことをきっかけに仁鶴さんは、芸能活動を控えるようになっていました。 所属する吉本興業によりますと17日、骨髄異形成症候群のため、大阪府内の自宅で息を引き取ったということです。通夜と葬儀はすでに近親者のみで営まれ、お別れの会は、予定していないということです。

引用:【訃報】上方落語の発展に生涯を捧げた落語家 笑福亭仁鶴さん死去

骨髄異形成症候群とは?

血液内科勤務の看護師が骨髄異形成症候群を徹底解説!!不安を解消しましょう

  骨髄異形成症候群というのは簡単に言えば血液のがんのようなものでしょうか。そりゃあ辛いでしょうね…

ネット上の反応は?

 師匠の晩年の言葉で心に残っているものがある

 明石家さんまが還暦を迎え若手に席を譲るため引退を考えていると楽屋を訪れたとき「若手は勝手に追い抜いてゆく、追い抜いてゆくやつが生き残る。かつてあんたが私らにしたことと同じようにね。お呼びがあるうちは私はやめません。」的な話

 実際寝込まれる寸前いや冠としてはまだ出演中で生涯を終える幸せは天晴ではないか。そういう生き方がいいね。

引用:笑福亭仁鶴さん、骨髄異形成症候群のため84歳で死去 「四角い仁鶴がまあるくおさめまっせ」

 時代が違うといわれたらその通りなんだけれど、こういう誰からもどの年代からも親しまれるお笑い界の大御所が亡くなられるのはやはり寂しい。子どもの頃、テレビを付けると仁鶴さんがいつも出演され、家族で大笑いをしていたことも懐かしく思われる。そういう息の長い芸人さんが少なくなった。たくさんお笑いの方は今もおられるし、次々と出てくるが、消えるのも早いし。

 仁鶴さんは奥様の隆子さんをテレビでも「隆子姫」と呼んでらした。余談だがうちの母も「たかこ」なので、父はたまに母を家族の間では「(うちの)たかこ姫」と呼んでいた。

 奥様を亡くされ、確かお子さんもいらっしゃらなかったかと。寂しくなられ、体調も崩されがちになられたか。また一人お笑い界の巨星が旅立たれた。ご冥福をお祈りします。

引用:笑福亭仁鶴さん、骨髄異形成症候群のため84歳で死去 「四角い仁鶴がまあるくおさめまっせ」

 全盛期の仁鶴師の人気と言えば桁違いなものがあって、高座に上がる前に幕から顔を出すだけで劇場中がどっと沸くという、もう仁鶴師が出てくるなという時点で既に笑う準備ができていて客の口元がヒクヒクしているという、まるで客全員が洗脳されているかのような異様な人気でした。こんな芸人さんはもう出ないとおもいますが、初代春団治という人もこんな感じだったのかも、、

引用:笑福亭仁鶴さん死去、84歳 上方落語界の重鎮 テレビ・ラジオでも活躍“視聴率を5%上げる男”

 癌患者の最期って、本当にあっという間なのかな?
私の父がそうでした。30分前には、母と恒例の口喧嘩をする元気があったそうです。が、薬を飲もうと手を挙げたんですがそれがパタリと落ちてそのまま……だったそうです。父の願いで最期は在宅。偶然隣の人が訪問看護師で看取りもされていたので助けを求めたそうで、心臓マッサージをしてくれたそうですが無理でした。

 でも苦しみから解放されて……穏やかに逝ってもらいたいです

引用:仁鶴さん突然の死去 前日まで元気に、2日前には弟子の仁智と会話も

 ああ、これは私の家族内では話題になっていた。声だけのオープニング=仁鶴師匠、具合よく無いんだな…って。でも仁鶴さんへのリスペクト&エールから継続しているんだな_と話していました。

 心からお悔やみ申し上げます。その上で…時代(世代)は移り変わるもの…。今のレギュラーの方々も頑張っています。
 個人的には「まぁ~るくおさめまっせー」は21日放送が最後が良いと思います。録画しとこうかな…。本当に長年、土曜お昼、ありがとうございました。

引用:笑福亭仁鶴さんの「まぁ~るくおさめまっせー」継続か、NHK「今後検討」 「生活笑百科」21日放送で哀悼のテロップ流す

闘病からの解放を祝わなくてどうするのか…

 私はやはり、大物の落語の方が亡くなったのですから、悲しみにつつまれて終わるお葬式の延長のようなお別れの会というのは相応しくないのではないでしょうか。大物の落語家が無くなったのですから、笑いでもって送り出すのが一番いいと思うのですよ。何ならこれをネタにして落語を披露する落語家が居れば、なお彼の死に花を添えることができますね。誰かネタを披露してくれませんかね?(笑)

 それに、これは人生という名の学びの場からの「卒業」なんですよ。しかも、長年の苦しい闘病生活からの「卒業」。祝わなくてどうするんですか?卒業式なのに悲しみばかりでは彼も浮かばれないんじゃないでしょうか?

 ということで、卒業式の定番「蛍の光」を流しましょう。ご斉唱お願い致します。

 ということで笑福亭仁鶴さん、長らくのお勤め並びに近年の闘病生活お疲れさまでした!どうかあの世で奥さんとお幸せに!