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 有名な漫画家の方がまた一人この世を去りました。「笑ゥせぇるすまん」や「オバケのQ太郎」などで知られる漫画家の藤子不二雄Aさんが自宅で死去しているのが神奈川県警により判明しました。これを受け悲しむ声が各界から相次いでいます。


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 …しかし、私はこれは違うと思うのです。長年生きてこられた方なのですから、悲しみに満ちたお別れよりもお笑いで送り出すのが本来あるべき姿なのではないか?と思うわけです。今回のニュースの概要、ネット上の反応はどうだったのでしょうか?

自宅で死去しているのが発見される

 日本を代表する漫画家の藤子不二雄Aさん、本名・安孫子素雄さん(88)が7日午前、神奈川・川崎市内の自宅で亡くなったことがわかった。

 警察によると、7日午前8時40分ごろ、川崎市多摩区の住宅で、「安孫子先生が倒れている」と多摩警察署に通報があった。警察が駆けつけると、倒れていたのは藤子不二雄Aさん、本名・安孫子素雄さんで、その場で死亡が確認されたという。

 藤子不二雄Aさんは、「忍者ハットリくん」や「怪物くん」などを手がけ、人気漫画家の地位を築いた。警察は、藤子さんが死亡した経緯について調べている。

引用:【訃報】藤子不二雄Aさん死去 代表作「忍者ハットリくん」など

 数々の名作を生み出してきた有名漫画家も老いには勝てず遂に永眠されました。88歳とのことですから大往生じゃないですか!良かったですね~

ネット上の反応は?

 藤子不二雄Ⓐこと安孫子素雄さんも、藤子・F・不二雄(藤本弘さん)がいる天国に逝ってしまった。

 幼少期から、大人になった今日まで藤子不二雄の作品をアニメやドラマで見てきた。ドラえもんの原作者の藤本さんの作品は、子供向けというのが多かったが、安孫子さんの作品は、「笑ゥせぇるすまん」という大人向けのブラックユーモアの作品があった。謎のセールスマン喪黒福造が、心の寂しい人間に近づく。「お金はいらない、人に喜んでもらうのが何よりの報酬」という。夢をかなえた人間に対し、条件を出す。ところが、その人は、心の誘惑に負けて、約束を破ってしまった。喪黒さんは「ドーン!」と指をさし、その人を奈落の底に落とし、その場から去ってしまう。

 1888年~1992年のTBSの「ギミア・ぶれいく」と2017年の「あにめのめ」の深夜アニメで放送された。1999年のテレビ朝日のドラマでは、伊東四朗さんが、喪黒福造を演じた。

引用:「藤子不二雄」は1988年にコンビ解消 藤子・F・不二雄の藤本弘さんは1996年に死去

 先生、いままでたくさんの漫画をありがとうございました。藤本先生とともに藤子不二雄先生は僕の子供の頃からの成長の歴史とって過言ではありません。毎週金曜日のドラえもんだけでなく、月曜日の忍者ハットリくん、夏休みの朝の怪物くん、何もかもが幼少期、当たり前にあったアニメでたくさんの想像力を掻き立ててくれました。
 だんだん、成長してきて大人の黒いところも分かったころには変奇郎・笑うせぇるすまんなどでは、人の慢心や狡さを描き、これらの作品を通してしっかり地に足をつけていく生き方を学びました。先生のご冥福をお祈りします。

引用:藤子不二雄Aさん死去 漫画家・江口寿史氏が追悼「F先生と再会してるかな」

 ご冥福を心よりお祈りいたします。少し前からYouTubeの公式チャンネルで「プロゴルファー猿」「怪物くん」「忍者ハットリくん」が無料配信されており、ずっと観ています。個人的には「怪物くん」が抜群の出来なんです。「こんなに面白い番組だったのか!」と毎回驚いています。

 子供の時は何の気なしに観ていたのですが、大人視点で観ると全然違う。今の地上波では放送が難しいであろう表現などもあるのですが、しかし全体を通じて子供の成長や教育を意識した作りになっており、それは時代が変わっても普遍的な観点だと思います。

 主題歌のとおりユカイツーカイなエピソードばかりで、コロナ禍で疲れギスギスした今の世にもピッタリ。子供向け番組だけど、実は大人にこそ観てもらいたい、本当に素晴らしい作品です。

引用:【訃報】藤子不二雄Aさん 自宅で死去

 昭和の戦後に活躍した漫画家の皆さんは、藤子先生のように、いろんな作品を描いていたのが特徴だったように思います。現在の藤子先生より後の世代の若い漫画家は、一本ヒット作品が出ると、そればかり長々と連載する傾向がありますね。

 藤子先生たちは、ドラえもんや笑ゥせぇるすまんなどがヒットしても、それ以外の作品も描いて、そちらもヒット作品となってしまうのだから、まさに巨匠だと思います。

 現在の漫画家よりも、アイデアが多彩であった。だから、藤子先生世代の漫画家は、作品だけでなく、それを描いた漫画家も知名度が高かった。現在は、作品は有名でも、原作の漫画家が誰なのか、広く知られていない場合も多い。

 現在の漫画家は、ただ漫画を描いている人という感じですが、藤子先生の世代は、漫画を描く職人であったように思います。

引用:【訃報】藤子不二雄Aさん 自宅で死去

 2人が別れたのは僕が知ってる限り、藤子不二雄Aさんの思いやりです。2人は子供の頃から2人で稼いだ原稿料は折半にしていた。お互いがどれだけ稼いでも2人で折半にすることで、どちらかがヒットしてなくても互いをカバーできると言う発想だったはず。

 それがドラえもんと言う大ヒットが生まれ、お互いも家族ができていたので、収入が広がり、藤子不二雄Aさんはこれ以上、Fさんの稼ぎの一部をもらうのは将来的にマズいと思ったのだと思います。作風の違いもあったし。なので別れた。

 最後の合作は「仙べえ」と「チンタラ神ちゃん」オバQはもうずい分前から再販されてます。あれは石ノ森章太郎さんもペンを入れているので、著作権がややこしかったらしい。

 少なくとも2人がお金でもめたりはしてないはずです。むしろ死後に遺族が揉めないようにです。A氏も最後までF氏をリスペクトしてました。それとFさんとAさんの自宅は隣同士。

引用:【訃報】藤子不二雄Aさん 自宅で死去

 今は亡き電車の運転士の父が終電後に駅に捨てられていたので持って帰ってきた漫画雑誌に、「愛今知りそめし頃に さらば友よ」という藤子F不二雄先生が先に逝かれた時に書いた読み切り載っていました。特別ものだったんでまだ本棚にあったので読み返してみました。 

「頭が真っ白になった・・彼がいなくなったことが、どうにも理解できなかった・・」と藤子不二雄A先生が述懐されています。今自分はまさに同じ気持ちです。ちびっこのころから大人になっても多種多様の作品が人生に潤い、諭し、学びを与えてくれました。今はいたたまれない寂寞感が残りますが、どうか安らかにお休みください。心からお礼を申し上げます。

引用:「トキワ荘の巨匠が…悲しい」「F先生と再会してるかな」藤子不二雄Aさん訃報に各界から悼む声

ハットリくんのラッピング車両

忍者ハットリくん新車両 (城端線・氷見線)とイヤサー 2021年JR伏木駅

 なお、藤子不二雄Aさんの地元の富山県を走る氷見線・城端線で使用されているキハ40形にはハットリくんのラッピングが施された車両が走っています。興味がある方は乗ってみてはいかがでしょうか?

彼の死をお祝いしなくてどうするのか…

 私はやはり、大物の漫画家の方が亡くなったのですから、悲しみにつつまれて終わるお葬式の延長のようなお別れの会というのは相応しくないのではないでしょうか。こういう時は笑いでもって送り出すのが一番いいと思うのですよ。何ならこれをネタにしてのし上がる漫画家が居れば、なお彼の死に花を添えることができますね。誰かネタとして披露してくれたりしませんかね?(笑)

 それに、これは人生という名の学びの場からの「卒業」なんですよ。祝わなくてどうするんですか?卒業式なのに悲しみばかりでは浮かばれないんじゃないでしょうか?

 ということで、卒業式の定番「蛍の光」を流しましょう。ご斉唱お願い致します。

 最後までご覧いただき、ありがとうございました!

最後に

 こういう記事を書くとキーキー喚く方が毎回のように居ますので言っておきますが、死者に対する名誉棄損罪はその事実が虚偽のものの場合のみ成立します。

  • 刑法第230条(名誉棄損罪)
    • 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
    • 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。

 侮辱罪に関してですが、これはそもそも死者に対しては一切成立しません。まあ、この程度のことで一々切れるような人はインターネット使うこと自体止めた方が幸せだと思いますよw